#47 [2026/07.07]

わたしたちの、このごろ

終わってみて、まあよかったかな。
そう思えたら、それでいい

新井鶴海さんTsurumi Arai

こう語るのは、舞台女優を目指しながら、都内のノート屋さんで働いている、新井鶴海(あらい・つるみ)さん、24歳だ。

東京の中心から少し離れた街で育った彼女は、自分が目立つことよりも、誰かの表現を支えることに惹かれていった。学生のころに演劇と出会い、自ら舞台に立つ経験を重ねながらも、誰かの「やりたい」を形にする仕事に携わるようになる。

一方で、自分の「好き」をあきらめずに小さく実践し続けることも忘れない。ベーグルを焼くこと、ノートを作ること、もう一度舞台に立とうとすること。どれも誰かに求められたからではなく、自分がやりたいからやっている。

表現する人を支えながら、自らもまた表現する側でありたい。その境界を行き来する24歳の、今の話を聞いた。

主役じゃなくてもいい

新井さんは東京生まれ、東京育ち。といっても、中心地からは離れており、いわゆる「東京らしさ」とは少し違う場所。そこで20年近くを過ごしてきた。

新井さん:大学とかで出身地の話になると、東京っていうと「おしゃれそう」みたいに言われるんですけど、自分には全然そんな自覚がなくて。逆に東京って言うのが恥ずかしいというか。でも、東京といえど、私の地元はちょうどいい田舎だったなって今は思えます。

4人きょうだいの上から2番目。負けず嫌いで、誕生日の歌で自分の名前が呼ばれなかった瞬間に大泣きしてしまうような子どもだった。

新井さん:スポットライトを浴びたい気持ちはあったと思います。でも、学芸会で主役をやりたいとは全然思わなくて。なんか細かい作業がしたくて、小道具とかを作る側に回ってました。自分にできることとできないことを、子どものころから自分で見極めてた気がします。

目立ちたい気持ちを抱えながらも、自分から一歩引いた場所を選ぶ。その感覚は、5つ上の兄の影響も大きいという。

新井さん:兄が格闘技をやっていて、生き方や精神性みたいな部分を、妹ながらすごく尊敬しているんです。身近にそんな存在がいたことは大きかったと思います。

支える側に回ることを自分で選び取る性質は、子どものころから今に至るまで、新井さんのなかで変わらず続いている。

「好き」が動き出した場所

将来の夢を書く欄に「パティシエ」と書いていたこともあったそう。でも、本気でやりたいわけではなく、お菓子作りが好きだから、というくらいの理由だった。新井さんの「好き」が本格的に動き出したのは、大学に入ってからだ。

きっかけは、ふとした興味から飛び込んだ演劇部だった。

新井さん:お芝居を見るのが好きだなって思って、演劇部に入ったんですけど、それまで演劇なんて全然見たことがなくて。入部面接で専門的な質問をされたときは、知識がないなりに必死にアドリブで切り抜けたのも、今ではいい思い出です。あのとき一歩を踏み出して、本当によかった。

そして同時期に、もうひとつの「好き」もかたちになっていく。YouTubeでパン作りの動画を見て、気づけば材料と道具を買い始めていた。それがベーグル作りだ

新井さん:わたしは形から入るタイプなんです。お菓子作りほど精密さが求められないし、分量も多少は自由がきくので、気負わずにできるのが楽しくて。

ベーグル作りの出発点は、「誰かを喜ばせたい」という思いではなかった。自分自身が夢中になれるから続けてきた。その飾らない楽しさこそが、今もなおベーグル作りを続ける力になっている。

新井さんが取材前に焼き上げてくれたベーグル、もうお店のクオリティー

新井さん:最近、友だちと話していたんです。私がベーグル屋さんをやって、隣で友だちがコーヒー屋さんをやって、別の友だちがお花屋さんをやって。半分冗談みたいな話なんですけど、そうやってみんなと並んで生きるというか、そういった場所をつくるのが、実は結構理想なんですよね

もう一度、演劇の世界へ

大学卒業後、新井さんは一度、演劇の世界を離れることを選んだ。在学中に出会った人たちとの関係や演劇という世界を超えて、もっと広い世界で自分の価値観を確かめたいと思ったからだ。

しかし、演劇への思いが消えたわけではなかった。

新井さん:実は最近、改めて演劇活動を再開していて。オーディション用の映像を送ったりしているんですけど、なかなか思うような結果にはつながらなくて。でも、不思議とあきらめたいとは思わないんです。

一度離れたからこそ、演劇が自分にとってどれほど大切なものだったのかが見えてきた。遠回りをした時間も含めて、今再び表現の世界に向き合おうとしている。そこには、かつてのあこがれだけではない、自分自身の意志で選び取った覚悟があった。

新井さん:もし作品に出る機会があったら、見てくれた人のなかのひとりでもいいから、なにか考えるきっかけがうまれたらいいなと思ってます。納得いかないとか、引っ掛かるとか、なんでもいいんです。心になにか愛のある傷をつけて帰らせられたら、それが演劇の意義だなって思ってて。

ここなら、だれもが表現者

新井さんは現在、都内のノート専門店でも働いている。そこは、だれもが気軽にオリジナルのカスタムノートをつくれる場所だ。学生時代から「絶対にここで働きたい」とあこがれていた店でもある。

新井さん:自分でパーツを1個1個決めていく作業があって、それがもう楽しくてたまらなくて。
その背景には、新井さんなりの「表現」への考え方がある。

新井さん:人ってどうしてもなにかを表現したい生き物なんだと思うんです。私が働いているお店は、だれでも作り手になれる場所なんですよね。そこでつくるノートは、その人自身の表現にもなっていると感じていて。

学生時代は、年に一度、自分だけのノートを手づくりしていた。データで残すよりも、紙に書くことで気持ちを吐き出せる感覚があったという。誰かの表現を支える仕事に惹かれるのは、自分自身もそうやって表現に救われてきたからなのかもしれない。

新井さんが自作のノートに綴ってきた日記帳。落ち込んだ日々も、自分の一部として忘れたくないのだという

終わってみて、よかったと思えたらいい

社会人2年目を迎えた新井さんは、今、ひとつの変化を感じているという。

新井さん:大人になるにつれて、「何がしたいか」を聞かれていたところから、「何ができるか」「何を持っているか」を問われるようになってきている気がして。だからこそ、もっと大人にならないとって思います。

そんな変化を感じる一方で、新井さんの関心は今も変わらず「誰かの表現」に向いている。新井さんが最近うれしいと感じたことは、大学時代の仲間が舞台に立つ姿を見られたことだった。

新井さん:みんなそれぞれがんばっていて、お互いの作品を1000%で褒め合える時間がすごく好きなんです。誰かの表現が受け止められる瞬間に立ち会えることが、なによりうれしくて。

他者の挑戦を喜べること。それは学生時代から変わらない新井さんらしさでもある。

忙しい朝でも、お弁当づくりは欠かさない。それも新井さんにとっては、自分への小さな挑戦だという。この日は「のり弁」を作ってきてくれた

30代、40代の自分を想像できるかとたずねると、新井さんは少し笑いながら答えた。

新井さん:高校生のころの自分も、今の生活なんて全然想像できていなかったので。だから期待を込めて、これからも想像できない自分になっていたいです。ベーグルに関しても、自分がやりたくてやったことなので、終わったときに「まあ、よかったんじゃない」って思えればそれで充分かなって。しんどいときも、とりあえず過ごしてみる。過ごし続けてみる。そうやって乗り切ってきた人生なので。

編集部のまとめ

まずはやってみる。続けてみる。そして振り返ったとき、「やってよかった」と思えたらいい。ベーグルも、ノートも、演劇も。新井さんにとってはどれも同じ一本の線の上にある。

表に立つことよりも、誰かの表現を支える場所にいたい。しかし、自分のなかにある「やりたい」という気持ちには正直であり続けたい。新井さんのこのごろは、表と裏のあいだで、自分なりの輝き方を探している途中だ。

STAFF
photo / text : Seiya Natsume